畏敬の散歩「オー・ウォーク」とは:世界が大きく見えてくる歩き方
オー・ウォークは、広さや不思議さに注意を向けて歩くだけの散歩法。畏敬の念の研究でわかった心への効果と、今週から始められるやり方をやさしく紹介します。
著者 Eleonor Vance

年に数回、ふいに訪れる特別な感覚があります。帰省先で街灯のない夜空を見上げたとき。展望台から途方もない景色の縁に立ったとき。古い神社の参道で、樹齢何百年の杉をふと見上げたとき。肌が粟立ち、息が一瞬止まる。そしてあの騒がしくて心配性で、いつも実況中継をやめない「自分」が、束の間だけ静かになります。言い負かされたからではなく、比べものにならないほど大きなものの前で、小さくなったからです。心理学はこの感情を「畏敬の念(awe)」と呼びます。わたしたちはたいてい「感動」や「息をのむ」と呼んで、予定に入れられるものではないと思い込んでいます。
おもしろいのはここからです。実は、少しだけなら予定に入れられます。この十年ほどの研究で、畏敬の念はめったに起きない出来事というより、ひとつの能力に近いことがわかってきました。意識して練習できる「見方」であり、いちばん簡単な練習の形が、オー・ウォーク(awe walk)と呼ばれる散歩です。レシピは拍子抜けするほど質素。いつもどおり散歩に出る。変えるのは、注意をどこに向けるか、それだけです。
「小さな自己」の研究
正式なやり方は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究に由来します。健康な高齢の参加者に、週に一度、15分の散歩を8週間続けてもらいました。半分の人には特に指示なし。もう半分にはオー・ウォークを頼みました。できれば少し新しい場所を選び、歩きながら広さと細部に注意を向けること。大きな空、老木、葉っぱの模様を、初めて出会うもののように眺めることです。参加者は道中で自撮りをし、感情を記録しました。数週間のうちに、オー・ウォーク組は思いやりや感謝といった向社会的なポジティブ感情が育ち、散歩そのものの喜びも増えたと報告しました。ほほえましいことに、自撮り写真まで変わりました。風景が大きくなるにつれて、写真の中の自分がだんだん小さくなっていったのです。研究者たちが「小さな自己」と呼ぶものが、文字どおり写真になった形です(Sturm et al., 2020, Emotion)。
小規模な研究ですから、これだけで御殿を建てるべきではありません。ただ、この結果は畏敬の念に関するより広い研究の流れとも一致しています。広大なものの体験は、「わたし」と「わたしの」をめぐる頭の中のおしゃべり、いわゆる自己言及的な思考を静め、人を寛容さやつながりの方へ傾けるらしいのです。小さくされることは、実は目減りではありません。安堵です。わたしたちの悩みの大半は、自分が視界の中でいちばん大きいことを前提にしています。
小さくされることは目減りではなく、安堵。悩みの大半は、自分が視界でいちばん大きいことを前提にしている。
散歩がオー・ウォークに変わる条件
研究によれば、畏敬の念には材料がふたつあります。ひとつは広大さ。自分やいつもの枠組みより大きいもの。もうひとつは、心理学でいう調節、つまりそれを取り込もうとして心がぐっと伸びる、心地よい負荷です。どちらもグランドキャニオンは要りません。広大さなら、ケヤキの高さにも、古い石垣の年月にも、九月の並木道の葉の数にも宿っています。心の伸びは、いま見ているものの正体を考えた瞬間に起こります。手の甲に落ちる光は8分前に太陽を出発したこと。この楠は、あなたが出会ったどの人よりも先にここに立っていたこと。駅前の空で渦を巻く数千羽のムクドリが、なぜかぶつからないこと。畏敬の念は場所の性質というより、まなざしの深さです。だから同じ道を歩いたふたりのうち、ひとりだけが変わって帰ってくることがあるのです。
つまり練習は、散歩に三つの小さな調整を加えるだけです。できれば少し新しい場所へ。慣れは、驚きのいちばん静かな敵だからです。スマホはポケットへ。畏敬の念は途切れないまなざしを必要とし、フィードには勝てないからです。そして、立ち止まれる速さで歩くこと。驚きは、いつもなら素通りする瞬間にこそやってきます。
驚きが隠れている場所
どこへ向かえばいいか迷うなら、歩く瞑想の伝統と畏敬の研究が口をそろえる、頼れる隠れ場所があります。カリキュラムではなく、出発点の提案として:
- 上の方へ: 木々の梢、雲の峰、真下から見上げる高層ビル、日の出と日暮れの前後1時間の空。
- 古いもの: 巨木、すり減った石段、川。自分の時間の物差しが一瞬うわさ話みたいに頼りなくなるもの。
- 無数のもの: ムクドリの群舞、橋の上から眺める人混み、奥行きが見えるほど暗い夜空、谷を渡っていく雨。
- 小さな広大さ: 霜の結晶、塀の上の苔の森、光にかざした葉脈。ここではスケールが逆方向に走ります。
都会暮らしでも仲間はずれではありません。研究の参加者は自然の中でも街の中でも畏敬の念を見つけましたし、大きな駅舎の天井やクレーンの立ち並ぶ工事現場も、森と同じくらい確かに心を広げてくれます。森林浴という言葉を生んだ国に住んでいても、森が遠い日はあるもの。そんな晩は、画面がこの能力を温めておいてくれます。ゆっくり使うのが条件です。わたしは夜、Feelsyの広くて急がないテクスチャを自動再生で流しておくことがあります。天気を眺めるように、自分の悩みより大きくて遅いものを10分。ケヤキの代わりにはなりません。でも、ケヤキに気づくための練習にはなります。
習いごととしての驚き
驚きをスケジュール帳に書き込むなんて、正直ちょっと滑稽です。毎週火曜、15分の超越体験。でも試してみると、おかしさは溶けて消えます。予定が用意してくれるのは畏敬の念そのものではありません。あれは命令できない。用意できるのは、それが起こりやすい条件です。実際に外へ出た散歩、上を向いた目、黙らせたスマホ、ゆるめた歩調。昔の観想の伝統はこれをよく理解していました。巡礼も、お遍路も、練り歩きも、いわば衣装の立派なオー・ウォークです。あれから世界の広さは少しも減っていません。わたしたちが見ない練習を積んだだけ。そして練習は、ありがたいことに、逆方向にも積めるのです。
Feelsyはウェルネスのためのプロダクトであり、医療上のアドバイスではありません。ストレスや不安、睡眠の問題が続く場合は、専門家に相談してください。
参考文献
- Sturm, V. E., Datta, S., Roy, A. R. K., et al. (2020). Big smile, small self: Awe walks promote prosocial positive emotions in older adults. Emotion.
よくある質問
オー・ウォーク(awe walk)とは何ですか?
オー・ウォークは、だいたい15分ほどの普通の散歩に、意識の向け先をひとつ変えただけの散歩法です。広さ、新しさ、細部。大きな空や老木、葉っぱの模様など、いつもの枠より大きいものや不思議なものに注意を向けて歩きます。できれば少し新しい道を選び、スマホはしまい、立ち止まれる速さで歩くのがコツです。
オー・ウォークの効果は研究で確かめられていますか?
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究では、週1回15分のオー・ウォークを8週間続けた高齢の参加者が、ただ散歩した人たちに比べて、思いやりや感謝などの向社会的なポジティブ感情の高まりと、散歩中の喜びの増加を報告しました。道中の自撮り写真でも、週を追うごとに自分の占める面積が小さくなり、研究者はこれを畏敬の念による「小さな自己」の効果と結びつけています。
自分が小さく感じられると、なぜ気持ちが楽になるのですか?
広大なものの体験は、「わたし」と「わたしの」をめぐる頭の中の堂々めぐり、自己言及的な思考を静めるようです。本当に大きなものが注意を占めると、自分が視界の中でいちばん大きな存在ではなくなります。日々の悩みの多くは、自分が最大であることを前提にしているので、その前提が外れると、目減りではなく安堵とつながりの感覚が残ります。
オー・ウォークに自然や絶景は必要ですか?
必要ありません。畏敬の念の材料は、広大さと、それを取り込むときの心の伸びのふたつで、どちらも普通の道にあります。ケヤキの高さ、古い石垣の年月、ムクドリの群舞、霜の結晶、大きな駅舎の天井。研究の参加者も、自然の中と街の中の両方で畏敬の念を見つけました。場所の性質というより、まなざしの深さの問題です。
オー・ウォークはどのくらいの頻度でやればいいですか?
研究では週1回、15分の散歩を8週間という設定でした。続けやすく、効果を感じるには十分な、ちょうどいいひな型です。予定が与えてくれるのは畏敬の念そのものではなく、それが起こりやすい条件のほうです。散歩が実際に行われ、目が上を向き、スマホが黙り、歩調がゆるむこと。それだけ整えば、あとは向こうからやってきます。

著者について
Eleonor Vance
Contributing writer
Eleonor writes about contemplative traditions, attention and the cultural history of calm. She has spent two decades collecting the rituals humans use to slow down, from zazen halls to hammams, and translating them for modern, screen-lit lives.
Feel it for yourself.
Feelsy turns reading about calm into practising it. Two minutes of a slow texture is often the whole difference.
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